ものづくり工場の問題と解決事例 
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海外進出
 海外にはいろいろなリスクがあることを理解しましょう
 
  中小企業が海外生産を行う場合の課題について考えたいと思います。この場合、「何故、当社は海外に進出するのか」それがすべての出発点であることはいうまでもありません。海外生産はいろいろなリスクを伴います。事前に予測されるリスクは事前に折り込む必要がありますが、問題はいろいろな想定外のリスクが起きることです。ですから、海外からの撤退も考慮した海外事業計画も考えておかなくてはなりません。
 なお、海外工場の建設については、別項の「新工場計画」を参照してください。


 目次

1.海外進出の前に
1.1 なぜ海外に進出するのか
1.2 海外生産の課題
1.3 事業計画の作成
1.4 海外からの撤退条件
2.現地調査の実施
3.企業誘致優遇策の把握
4.どこに工場建設するか
5.現地合弁パートナーを選ぶ
6.海外要員の育成と確保
7.短期回収の事業計画をつくる
8.抜かりのない技術協力契約
9.海外における危機管理
9.1 海外の突発的な危険
9.2 日本側のサポート体制
9.3 日本と異なる環境の海外生活
10.もう一つの海外進出は海外企業の買収
11.失敗しない海外進出とは
12.中国進出における技術の流失問題
12.1 大きく変わった中国
12.2 技術移転の問題
12.3 技術供与の対価
12.4 技術供与契約
12.5 中国の「技術を盗む」問題
12.6 技術を盗まれない対策
13. 海外事業計画
13.1 中長期経営計画
13.2 採算性
13.3 採算性検討前に作成する事項
14.海外技術指導のポイント
14.1 言葉の問題
14.2 現地指導に当たって



1.海外進出の前に
1.1 なぜ海外に進出するのか
 日本の技術を世界に展開したいものです
 海外に進出するという決断を行う場合、「何故海外進出なのか」をしっかり固めておく必要があります。ここで述べるまでもなく、海外生産や販売を行う現地の環境の変化は、日本以上に激しく、現地の経済だけではなく、政情、宗教、民族対立などさまざまな不安要因があることです。現地の情報に疎いほど企業の受ける影響は大きいと思います。さらに、優れた海外要員(経営者、管理者、派遣技術者など)の人材が求めれらます。これを補うものが、現地のパートナー(合弁会社の共同経営者など)ということになります。

1.2 海外生産の課題
 海外で生産を行うに当たっては、事前にいくつかの課題について検討しておかねばならないことがあります。
 その一例をあげると
①信頼できるパートナー
 中小企業が海外で生産を行う場合、いろいろな進出方法がありますが、現地企業と合弁で生産を開始する方が進出しやすいと思われます。現地と合弁で生産を行う場合は、合弁相手が信頼できるパートナーであること。これが一番重要な事項です。

②どこに進出するか(国、地域)
 海外生産を行う国や地域は、事前の検討のほか、現地の具体的状況など現地調査を行うことです。一般的な選定のポイントは、
  ・需要のあるところで生産する
  ・製造コストが安い地域や国で生産する
  ・生産する技能や技術を十分備えている(設計は日本、生産は現地)
 などがその一例です。また、生産に必要な人材が確保できることはすべての前提条件になります。

③海外要員の人材の育成と確保
 海外で仕事のできる人材を必要としますから、人材の確保をすると共に、社内の人材の育成を行う必要があります。

④事業計画の作成
 海外工場の事業計画を作成し採算性を検討するこというまでもありません。事業計画には、生産販売計画から現地の生産条件などいろいろな条件を織り込む必要があります。

1.3 事業計画の作成
  
海外進出に当たって、先ず製品を海外で生産した場合の事業計画を作成することです。現地販売又は納入先、日本へ再輸出などの販売計画を踏まえて、中長期の「生産販売数量」を立案することから検討します。これをもとに、工場計画を中心とした投資計画、生産計画、人員計画など「海外事業計画」を立案することになります。海外で生産した時の予想図を事前に十分に検討することです。すなわち、第一次のFS(Feasibility Study:事業化の可能性の検討)を作成します。不明なデータは、現在の自社工場の数値や事前に取得可能な現地データを反映して作成します。当然、事業計画の基本データとなる工場レイアウト、所要の敷地面積、工場建屋面積、設備投資額なども見積もります。この事前の事業計画を十分検討することがスタートになります。

1.4 海外からの撤退条件
 ここで、特に考えておきたいのは、「現地からの撤退条件」です。海外生産を開始したもののいろいろな環境の変化から、「撤退もやむ得ない」と判断しなければならないことが発生します。従って、事前に撤退条件を検討しておくことが必要です。先ず、現地からの撤退は容易ではないことを知っておく必要があります。撤退を避けたい現地の法規制、労働組合(従業員の反対と解雇)、今までに得た収益以上に損失を被ることも少なくありません。容易に撤退はできないことも知っておくべきです。

 海外工業団地調査
 工業団地調査
   
2.現地調査の実施
  どの国或いは地域に進出するか最終的には候補地を2~3に絞り現地調査行う必要があります。現地における有力企業、銀行、商社、現地日系企業などの訪問と情報収集は欠かせません。現地調査の技術的な項目は、専門家のアドバイスを受けることが望まれます。当然現地に詳しいコンサルタントの情報も必要でしょう。現地調査項目は、国情(政治、文化、慣習、宗教、雇用。賃金など)、法規、自然環境条件、雇用賃金、人材、物流、工業団地、エネルギーなど多岐にわたります。この結果を踏まえて、第二次の事業計画を立案します。実現可能な計画にしていくことです。

 現地調査(1):
 海外生産にあたって、現地調査は非常に重要です。現地を自ら見て、歩いて、確かめることです。現地情報を鵜呑みにすると失敗の原因になりかねません。調査に十分な時間をかけるとともに専門技術者を派遣して、詳細なところまで実施調査すべきです。
 現地調査にあたっては、調査チームを編制すると共に、調査のチェックシートを作成して、現地調査項目を明確にしておくことがj必要になります

3.企業誘致優遇策の把握
  どの国でも海外企業の誘致には熱心で、そのための優遇策を取っています。例えば、所得税の減免税、輸出条件免除や緩和、優先して労働ビザの発行、日本送金免税などですが、誘致国や誘致する地域によりさまざまな優遇措置があります。ただ、このような優遇措置は、毎日のように変更されるので常に最新のデータをつかむことが必要になります。企業誘致に関するデータは、在日大使館や誘致関係の政府機関などの日本事務所でも最新の情報を入手できます。

4.どこに工場建設するか
 海外工場建設をどこにしますか
  海外で生産する工場の建設場所は、工業団地を選定する場合が多いようです。インフラが整っているので、安心できますが、それだけに土地価格(使用権)は高いようです。海外工場では物流コスト、時間的な制約(通関、輸送)が生じますから、生産日程、在庫に配慮(在庫、部品倉庫面積)する必要が出てきます。従業員の食堂(Canteen)は、現地仕様(慣習)に注意します。自然環境に関する問題の有無は十分調査のうえ、工場レイアウト(Plant Layout)、工場建屋仕様に反映しなければなりません。(工場周辺の環境、温湿度、粉じん、豪雨、水害、排水、その他公害対策など、) なお、新工場計画の項も参照してください。

現地調査(2) :
 現地調査の具体的な項目や内容は、新工場計画の項で一部を記載してあります。一般的な調査項目のほかに、企業として独自の必要な調査もありますからその項目も追加しなければなりません。また、現地調査にあたっては、現地進出の日系企業、JETROなどの訪問も組み入れます。

5.現地合弁パートナーを選ぶ
  現地企業と合弁(日本側の出資比率49%以下)で生産を開始する場合、現地の共同経営者(パートナー)との信頼関係が一番の重要な問題です。どのパートナーと組むかは、日本のトップの見る目があるかどうかにかかっているといえます。「あるパートナーと組んだものの、損益は赤字続きで追加出資を要請された。日本から供給する部品の数量から見て利益は出ているはずと判断していたが、内部の経理にはタッチできなかった。結局、このままでは損失が際限なく拡大する恐れがあると判断して撤退した。設備や技術はタダ同然で現地に譲渡せざるを得なかった。」中国に進出したものの、撤退したある中堅企業の社長の話しです。

6.海外要員の育成と確保
 海外で現地人を支援する人材を確保します
  現地で働くことのできる社内の人材を確保出来るかどうかが次の課題です。日本で優秀な技術者と評価されていても、必ずしも海外で一人で仕事ができるとは限らないことがあります。海外生産現場で、日本技術者や現地技術者といっしょに仕事をしてきましたが、海外で一人立ちして仕事ができることが実力のある技術者ということになると思います。未知との遭遇の多い海外で生産に携わる者は、性格(篤実)、実力、好奇心、挑戦する心などが求められます。このような海外要員を社内教育するほか、外部から確保することなど考えていく必要があります。

 海外要員:
 海外で仕事のできる人材をとはどんな条件が必要なのかは、一言では難しいところです。海外で仕事をしてみて感じるることは、仕事に必要な知識とそれを自ら実行できることが最低の条件です。現地の技術者は、専門知識は勉強して知っています。それを超えて自ら実行できなければ、現地の信頼は得られず、仕事は出来ないと考えるべきです。日本では、周りの人たちのサポートがありますから、自分は出来ると思っていても、現地では何もできないという派遣員の例は少なくありません。

7.短期回収の事業計画をつくる
  現地生産における事業計画は、出来るだけ短期に資金回収が出来るかがポイントになってきます。一般にいわれていることですが、3年で黒字、5年で回収を目途にしたいものです。しかし、これを達成できるような事業計画はなかなか困難なことが多いようです。先ず、販売、納品先との数量の確保に一番のリスクがあるからです。さらに、品質不良問題や基幹要員の確保などが課題となります。そのほか、現地で発生する経費の見積もり(賃金、福利厚生費など)に苦労することが多いようです。特に、賃金上昇の激しい海外では、急速に競争力がなくなりますから、その対策も事業計画に反映しなければなりません。いろりろな条件を組み入れたシミユレーション(Simulation)を行ってみることです。

8.抜かりのない技術協力契約
  提供する技術の範囲とその対価は、トラブルになりやすいので契約で明確にさせておくことです。現地は先進技術、最新技術を要求することが通常ですから、どんな技術資料を提供するかが争点になります。無条件に提供出来ない技術があれば、明確にしておく必要があります。ロイヤルティ(Royalty:技術料、対価)は当然契約に織り込むべきです。具体的金額や売上や製造原価などを基準した比率で決めます。現地生産のために生じる開発費は、現地負担とするのが一般的です。
 技術対価のほかに、技術者、技能者の派遣契約なども織り込む必要があります。技術移転は、このような人的な部分がカギになる場合があります。

 技術協力(技術供与)契約:
 
現地会社に供与する技術の内容とその対価を取り決めるものです。どんな技術を現地に供与し、又は供与しないかを明確にすることです。ただ、現地生産の品質を確保するためには、必要な技術はすべて提供しなければなりません。同時に、現地生産に必要な技術者や技能者の派遣についても契約することになります。


9.海外における危機管理
9.1 海外の突発的な危険
 危機管理の一つ大地震
  海外で働く場合、思わぬ危険な場面に遭遇することがあります。先ず、交通事故、日本人に対する差別的暴力は日常生活で突然生じるので海外出張、駐在赴任前によく周知しておくこが必要です。最近まで最も安全と思われいたタイですら大規模デモが行われて政情不安が高まっています。何時巻き込まれるかも分からない。その他、地震、台風、洪水など思わぬ自然災害も起こり得ます。一般的には、その国の法律、政情、文化、慣習、社会生活、民族・人種差別、犯罪など国情や地域情報を現地調査や現地大使館情報、現地日本人会などから常に情報を得ることです。

9.2 日本側のサポート体制
  さらに、日本側の常時支援体制も準備しておかねばなりません。特に、出張・駐在員の現地滞在情報(動向)を常に本社側で把握していることが望まれます。そして、いざという場合に、素早い対応が取れる様に社内体制を常時敷いておくことが必要です。
  現地生活では、現地に合った服装で日本人と分からないように配慮すること、危う場所には近寄らない、通勤時には、同じ時間、同じ道を通らない、不安を感じたらホテルや自宅(駐在員)を出ないなど現地に合った危機対応を考えておくことです。自ら自衛することが先ず必要です。
 
9.3 日本とは異なる環境の海外生活
 2016年8月、リオオリンピックが始まりました。その話題の中で、治安の悪さが新聞、TVで報じられています。若い女性が歩きスマフォをしていたら、若い男が突然襲いかかりそれらを奪ったり、信号で止まっている車に拳銃のようなものを突きつけて金品を奪ったり、女性からバッグをすばやく奪って逃げるなど光景が見られました。海外旅行をする場合、このような事態は、どこでにでも自分に起りうることです。そのほか、ホテルの部屋、観光施設、交通機関などでも犯人の見えない盗難の例もたくさんあります。日本とは全く違う環境であることをしっかり考えておくことが必要です。
 なお、海外においては、緊急に国外脱出を要する事態が起こることがあります。この場合、現地でどう対応するか、さらに、現地の日本大使館や日本の本社などとの緊急連絡ができる手段は常に持っていることが大切です。

10.もう一つの海外進出は海外企業の買収

 
海外というすぐになじめないところに進出するには、時間もかかります。手っ取り早い方法は、その国の企業の買収です。M&A(Mergers and Acquisitions:企業の合併と買収)はお金もかかるしリスクもありますが、人材、技術、現地法規、取引先(販売先)などすぐに手に入るという利点もあります。中小企業では、先ず海外進出先の現地企業の買収で経験を積むという手も考えられます。今後企業成長の方策としてM&Aによる海外進出が増えてくると予測しています。

11.失敗しない(合弁による)海外進出とは
 タイの工場につくる神棚
  工場の守り神様(タイ)
 次に述べてある内容を確認していただきたいと思います。
①海外進出の方針(長短期の生産販売計画)
②相互理解のできる良いパートナーを選ぶ
③現地企業の経理が適正で、かつ日本の合弁企業に開示されること
④日本側の社内体制(海外事業支援組織、危機 管理など)
⑤海外要員の育成(グローバル人材)を図る
⑥マザー工場の現地支援体制
 現地で問題が発生した時には迅速な支援体制を作っておく
⑦瑕疵のない技術供与契約
 現地でトラブルを想定した契約を結ぶ
⑧現地生産の撤退も想定した事業計画 
 不測の事態などでの撤退も織り込む

12.中国進出における技術の流失問題
 ある企業から中国進出について相談がありました。これから中国で現地企業と合弁会社をつくり、その会社である機器を製作して、現地企業に納入販売することを計画しており、そのための検討すべき課題などについて相談があったものです。中国進出は、中国独特の課題が多いことをよく知ることが重要です。

12.1 大きく変わった中国
 今までの中国進出は、低賃金で労働集約的な人手をあてにした現地での生産という考え方が一般的でしたが、現在では全く逆転した環境になっています。経済大国となった中国は、賃金も大きく伸び、工場で働く人手不足も起きています。経営者は、積極的にロボットをはじめとする自動化を進めて人手を必要としない工場を目指してきています。
 また、最近の中国は、その市場の広がりは一段と大きくなり、将来魅力的な市場であることには変わりないと思います。今後も中国進出は、将来有望な手段であるといえます。ただ、中国進出は、中国をよく理解した上で決断することが望まれます。

12.2 技術移転(技術の流失)問題
 その企業が特に心配されていたのは、「先端技術の流失」という問題でした。技術者としての私は、技術の流失は避けられないと考えておくべきだと思います。それは、技術を移転しなければ、現地でよりよい製品はできないからです。技術の発達スピードがめざましい現代において、どんな先進的な技術でも、やがて一般的に周知の技術となってしまうものです。いつまでもその技術の優位を確保することはできないと考えておく必要があります。その技術の優位性を維持しているときに、できるだけ多く稼ぐことを考える方がより現実的ではないでしょうか。
 ただ、何も手を打たないということではなく、いろいろな手段を工夫しなければなりません。その企業には、いくつかの手段を考え、容易に流失しない方法を提案アドバイスしました。

12.3 技術供与の対価
 中国企業は技術の対価をまだ十分認識していない点が問題です。「中国生産と引き替えに技術をただで貰える、貰おう」という考えがまだ根底にあると思っています。中国で製品をつくるならその技術は同時に無償で提供させる、製品を売るならその製品の技術も同時セットでという思想(その昔、「技貿結合」という言葉もありました)です。少しずつ技術に関する価値は認めつつも、実際に支払う技術の対価はまだ十分とはいえない段階です。提供する技術の価値をしっかり売り込むことも腕の見せどころになります。

12.4 技術供与契約
 中国は入手した技術を使って、同類ものを製品化するのが当たり前に思っていますから、技術の機密保持のためにも現地生産に伴う「技術供与契約」はしっかり書類で担保しなければなりません。日本と中国の慣習の違いもありますから、日本では当たり前のことでも契約書で明確にしておく必要があります。海外生産ではいろいろなトラブルが起きた場合、契約内容が唯一のよりどころになりますから、一語一語しっかり確認することが求められます。(注意すべき一つの落とし穴は翻訳にあります)日本社会では「契約」の思想がまだ一般的に根づいていませんから最も注意深く検討すべきです。この場合、現地の法律による制約もありますから現地の法規制も確認しておかないと現地の官公庁の承認が受けられないことにもなります。

12.5 トランプ大統領の「中国は技術を盗む」ということに関して
 技術(知的財産)はどこに保管しているかというと、昔は紙ですが今はコンピューター(パソコン)です。したがって、インターネットを使って容易に手に入れることができる時代になりました。セキュリティ対策に弱点があると容易に盗むことできるといわれています。
 一方、米国に限らず日本企業の商品開発部門や設計部門などで働く外国人(中国人でも同様)は、仕事を通じて技術を手に入れることになります。生産現場で働く技術者や作業者も仕事や作業を通じてその技術や技能が身につくことは当然です。さらに、留学生が研究室で大学教授の指導や実験などを通じて新しい技術知識を身につけていくことは避けられないことです。
 米国では、大勢の外国人が国内企業で働き、研究機関などで最先端の技術を学んでいます。このような外国人が米国の最高の技術を学び身に着けて帰国していることを知っているのでしょうか
 このような外国人が自国に帰って、その技術や技能を活かしていくことは自然なことです。このようにいろいろな過程を通じて技術は移転されているのですが、目には見えない技術の流失ということができます。企業においては、このような技術の流失にも十分注意しなければならない課題です。

12.6 技術を盗まれない対策
 パソコンから大量のデータ流失が後日になってから分かって、後の祭りとなった話はよく聞かれます。さらに、サイバー攻撃という全く気が付かない盗難も少なくないと思われます。「盗む者より盗まれる者が悪い」という中国人の考え方があるように、「企業として守る技術」は盗まれないように対策するのは当然です。この対策は企業の機密事項にもなるので社内外に知られてはならないことはいうまでもありません。ここでいえることは、どんな対策でもそれが実行されているかどうかの監視は、常に必ず行なわなければならいということです。さらに、機密事項へのアクセスやコピーなどは必ず足跡(誰が、何時、何を、どれだけなど)が記録に残る処置を講ずること、その足跡を監視することが先ず第一歩といえます。

 中国の法規:
 このところの中国は頻繁に国内法律を変更して、外国人が中国で仕事ができないような 国になってきたと思います。最新の法律を知らなくしては、中国では仕事はできないと考えるべきです。突然、拘束され、その理由もわからないというのは大変怖いことです。長年にわたり中国で仕事をしてきた私にとってはこの変貌は大変残念に思います。中国に駐在や出張される方は、現地の受入れ企業と十分協議されて「安全が確保され仕事ができる」ことを確認して欲しいと思います。


13.海外事業計画
 事業計画は、その企業独自の作成方法がありますから、それに基づき計算します。ここでは、一般的な例を参考に記載しておきますので、必要に応じて取捨選択をしてください。また、海外生産の手段はいろいろありますので、今回の事業計画は自前(出資率51%以上)の工場で生産する場合です。現地と合弁(日本側の出資率49%以下)会社の場合、別の計算方法を検討することになります。

13.1 中長期経営計画
 海外進出に当たっては、販売計画、設備投資、人材派遣などが伴なうので、企業の中長期経営計画に組み入れる必要があります。特に、海外の生産販売計画は、日本国内の計画と関連するので、企業全体の調整が必要になってきます。こでは、海外生産を行う場合、その事業計画の中で、中心となる採算性についてその基本的な事例を参考に記載します。

13.2 採算性
 計算の事例を表で示します。
  項目   計算例  説明
 A 売上高  販売数量×製品毎の販売単価  海外工場における生産販売計画から算出します。第一次FSでは、主たる製品に限って行う方が分かり易い。
 B  製造原価     材料費=材料原単位×材料価格 製品に使用する材料毎に算出します。材料原単位は、マザー工場のデータを転用します。ただし、歩留まり率の検討が必要になります。
 C  労務費=賃金×直接人員数  職種毎に計算します。概算で良い場合は、平均賃金を使用します。なお、賃金には福利厚生費、賞与、各種手当などを含めます。
 D  直接経費  外注加工費など
 E  間接材料費  製品加工や組立に必要な補助材料、消耗工具や器具備品などの費用は、マザー工場の原単位を流用します。
 F  間接労務費=賃金×間接人員数  直接労務費に準ずる
 G  間接経費  減価償却費、動力費、廃棄物処理費、運搬費、事務関係費など
 H  一般経費  工場管理費、出荷検査費など
 I  支払いロイヤルティ  販売個数×ロイヤルティ又は売上高に応じたロイヤルティなど契約で決めます
 J  工場出荷価格= (製造原価+H+I) (下記注記参照)
 K  損益=A-J この場合は、工場出荷段階で採算性の比較としていますがこれ以外に、輸送費や保険料等加えたFOB,CIF、関税など加えた日本倉入れ価格比較など計算方法はいろいろあります。

(注)
(1)上記でマザー工場のデータを使用していますが、次に現地調査を行いその結果を反映して第二次FSでは、実際の生産に近い採算性を確認することになります。
(2)現地販売品は「工場出荷ベース」や現地から他国に輸出する場合は「FOB」、日本へ再輸出する場合は、「倉入れベース」という区分して採算性の検討を行う場合もあります。
(3)採算性の検討は、初年度だけではなく、3年度、5年度のように数年にわたって採算性がどう変化するか、確認する必要があります。(生産数量や販売数量の変化を折り込むことが必要になるからです。)
 
13.3 採算性検討前に作成する事項
 採算性を検討する前に計算に必要な資料を作成する必要があります。その内容は次のようなものがあります。

(1) 工程配置図(Plant Layout)   
 先ず、工場建屋内に生産工程全体のレイアウト図を作成します。どんな工場にするか、自動化の設備はどの程度にするか、現地の生産工程を立案します。その他、生産ラインのほか、部品置き場(倉庫)、検査室、現場事務所、更衣室、トイレ、休憩室その他現地慣習など工場建屋内に必要なエリアを設けます。

(2)工場配置図(Site Layout)
 次に、新工場敷地を自由に想定して、理想的な工場配置図を作成します。この結果、必要とする敷地面積、建屋総面積を算出します。建屋面積には、主工場の建屋のほか、工場事務所、食堂、動力室、別建屋の倉庫等も含めます。その他、駐車場、駐輪場、守衛室その他必要な面積(例、コンテナ―ヤード、外注部品材料などの入れ場、完成品置き場(倉庫及び出荷検査場など)を含めます。なお、現地調査の結果や実際の取得した土地面積や形状によって、本番の工場配置図を作成しなければなりません。

(3)設備投資額の見積もり
 レイアウト図を基準に、必要な設備、機械、装置(コンベヤーなど)、搬送機器類、動力設備、検査機器など必要な設備類すべてを見積もりします。この場合、現地調達する設備、機器と日本から調達する設備機器を区分して、最終的に現地設置ベースにおけるの総費用を算出しなければならなりません。この総額が設備投資額となります。なお、現地の税法により設備償却額を算出することになるので、設備の区分をする必要がなります。大まかに建屋、設備機械、金型治工具のように便宜上分類することもあります。

(4)所要人員の見積もり
 現地生産に必要な所要人員を算出します。この場合、直接人員だけでなく、職種別や熟練工、未熟練工、検査工などのように区分する場合や日本の工場(マザー工場ともいう)の人員比率に合せた方法とか総人員だけを算出する場合など事業計画の精度に合った方法を選択することもあります。

(5)製造経費の見積もり
 製品に使う材料の歩留まり率、保全費、修繕費、電力費、燃料費などといったデータは、マザー工場のデータを参考にします。

 現地調査(3):
 現地調査の具体的項目やレイアウト図の作成などに関しては、海外工場の建設の項を参照してください。なお、繰り返しになりますが、現地調査に当たっては、調査項目のチェックシートを作成して、調査漏れのないようにします。


14.海外技術指導のポイント
14.1 言葉の問題
 海外で現地スタッフや技術者達と仕事をする場合、いろいろ工夫しなければならないことがあります。現地で日本語を使って仕事をすることはほとんどありません。現地ではその国の言葉を使うことは常識ですが、英語圏を除いては、例外的に現場で英語が使える場合もあります。ただ、現地の一部の社員に限られています。日本人は世界の共通語といわれる英語さえ不自由な国ですからこれをカバーする方法を考えなければなりません。 
 
(1)片言でも現地の言語を使う
 日常の挨拶をはじめとする簡単な言葉は、なるべく現地の言語を使うように心がけたいものです。日本語を現地どう表現するか聞くなどして覚えていくことです。

(2)数字は最優先言語
 現地で先ず必須となるのは数字です。1から1000までは必要です。仕事だけではなく現地の生活上でも必要になります。面白いのは、ほとんどの国で「高い」「安い」は日本語になっています。
 さらに、現地のコインや紙幣の数字も読め、話せるようにします。なお、蛇足ですが、現地の通貨は少額紙幣で持ち、財布以外にも分散して持つことです。手元にお金がないといざという時に身動きが取れません。 

14.2 現地指導に当たって
(1)ポンチ絵を書く(図で表現する)
  現地スタッフや技術者に理解を深めるためにはポンチ絵は不可欠です。不具合の内容、問題点、改善案などを図に書いて説明することが理解を早めます。

(2)専門用語は英語で表記する
 現地で使う専門用語は英語で表す。現地の技術者も英語の辞書で調べられるので必ず英語で話し書くことです。専門用語は通訳泣かせですから、分かり易い言葉に置き換えるなど工夫もしなければなりません。また、専門用語の日本語と英語の対比辞書を用意するのも一つの対策です。

(3)通訳
 英語で会話が出来ない場合は、現地で通訳をお願いすることになります。商談や契約など重要な場面では、必ず自前の通訳を準備しなければなりません。現場での通訳は、現地側で準備することが多いですが、場合によっては、自前の通訳を確保することもあります。通訳の良し悪しで仕事の成果も変わってきますから事前に十分検討(人選など)しなければならない項目です。

(4)現地供与又は提出の資料
 現地指導で必要な技術資料は、事前の契約(技術指導契約書など)で取り決めることが必要です。指導中に作成した資料類(例:説明用に使ったポンチ絵など)についてもその取り扱いには注意して現地側と取り決めることが必要になります。(秘密保持契約)

(5)技術指導の検収と対価
 技術指導契約で具体的な対価を取り決めますが、具体的な指導内容や提供する技術等でさまざまな対価が決められます。ここでは、説明が広がりますので省略しますが、技術指導の検収条件と対価を明確にしておく必要があります。
 (注)
   技術供与契約については、第8項を参照してください


 技術指導の検収条件とは、技術指導の目標値に対する達成度です。例えば、新製品の試作品の合格率を80%にすることが目標であれば、これを達成しなければなりません。ただ、現地の部品や機械等の問題解決が遅れて指導期間内にその対策が完了できない場合には、どうするかという問題が残ります。技術指導契約前にこの条件を取り決めておくことも必要です。
 私の経験では、 
   ①目標未達でも指導期間終了で終える
   ②目標達成まで指導期間を延長する。(又は一定期間延長もあり))
 なお、技術者の責任で未達となった場合、現地はペナルティを付ける場合もあります。ペナルティは、指導料の減額を条件にするなどがあります。、

(6)派遣技術者の現地滞在j条件
 派遣技術者(技能者、監督者なども同じ)の現地滞在条件は仕事を円滑に行うためには重要な項目になります。現地企業の工場は都会には立地しておらず、郊外の安価な土地や地方の工業団地などがほとんどです。大企業の場合は工場の周辺にホテルや従業員の寮などがあり、そこに技術者も滞在する条件が一般的です。近くにない場合は、通勤1時間程度の範囲でホテルなどを準備してもらうこともあります。
 朝食はホテルや寮などでいずれも現地負担とすることにしてもらいます。昼食は工場内の食堂(Canteen)が普通です。現地側から食券をもらうこともあります。
 夕食は自由(自己負担)で近くに日本食堂があれば、日参したこともあり、なければ町中の商店で食料品を買ってきたり、ホテルで食することもあります。
 通勤は送迎方式もあり、タクシー交通費は現地負担もあります。
 現地滞在条件は、事前に取り決めておくことが必要です。曖昧にせず必ず確かめます。

(7)仕事の進捗報告
 現地と事前に協議した技術指導日程で仕事を進めますが、適宜その進捗状況を現地責任者に報告することが望まれます。私は日報をその日の夜、日本語で書き、翌朝通訳に翻訳してもらい現地責任者に提出した例もあります。事前に日本本社側と打ち合わせで、週報を作成して、会社やホテルから送ったこともあります。
 また。仕事が終わった場合、帰国前に現地管理者等に報告することは当然です。きちんと成果報告したいものです。達成出来たこと、出来なかったこと、今後の課題など誠実に報告します。

(8)駐在員と派遣員の危機管理
 海外生活で最も重要なことは、安全に過ごすことです。安全といわれる日本でも自動車事故、盗難、災害などいつ自分の身に降りかかるかも分かりません。海外では、日本以上に気を配らなければなりません。
 海外生活で一番の基本は、現地人になることです。すなわち、日本人とわかる姿で過ごさないことです。服装や身に着ける物には注意が必要です。
 (注)
   危機管理については、第9項の「危機管理」の項目も参照してください。